TBSテレビ発行 『調査情報』
489号(2009年7-8月)掲載
掲載誌は
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“腐ったミカン”の賞味期限はなぜ長い?
「I・ヤンキー」。
『日経エンタテインメント!』(日経BP社)7月号の
特集タイトルである。
芸能業界誌ではなく、
芸能業界周辺のファンジンと位置づけられる『日経エンタ』が、
お得意の「ヒットの条件」という枠組みで、
ヤンキー関連の各種コンテンツをまとめた。
ところで、記事を読む前に私は
『ROOKIES』(TBS)や『ごくせん』(日テレ)など
不良学生ドラマの好視聴率が記事の筆頭と予想した。
しかし実際は、映画『クローズZEROⅡ』と『ドロップ』。
もちろんその後、先の2本のドラマにも触れるのだが、
テレビ業界の一員として
「今はやっぱりこういう順番になりますかああ」と誌面に影が差した。
私がうなだれたからか、業界の陽が傾いているからか。
さて、記事は映画よりも先にまず、
大学教授によるヤンキー研究本が
今春相次いで出版されたことから語り起されている。
他の新聞雑誌でもヤンキーに注目した記事が多く出ているが、
いずれにおいても糸口はこの両著だ。
関西学院大学社会学部教授、
難波功士が書いた
『ヤンキー進化論~不良文化はなぜ強い~』(光文社新書)。
東北大学大学院工学研究科准教授、
五十嵐太郎が多数の論者に依頼してまとめた
『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)。
ヤンキー関連の雑誌や
ファッション、映画、漫画、音楽などを取り上げ、
「ヤンキー文化とは何か、ヤンキー復活か」
と論じる両著に共通するのは、
ファッションなど他のジャンルに比べ、
テレビへの言及がごく少ないことだ。
たいへん驚きました。
ドラマに限らず、テレビとヤンキーのつながりは深い。
テレビを軽く通り過ぎてヤンキーを語るのは、
手落ちというものだろう。
と書きましたが、実はテレビへの言及は一応ある。
ただ、そのほとんどが、
ナンシー関が90年代に書いたコラムや対談からの引用なのだ。
『文化論』は最後の最後、
「ヤンキーコラム傑作選」と題し、
ナンシー関のテレビコラム4本をまるごと掲載して一冊を締める。
『進化論』では、
「・・・・・・根本敬だったかな、
世の中の9割はヤンキーとファンシーでできてる
ってどこかで書いてた。・・・・・・」と対談から引用しながら、
発信者の根本敬(特殊漫画家)をたどることなく、
ナンシー発言に留まっている。
オビにも、その名や発言を援用。
テレビの部分を託したというより、
ナンシーありきのヤンキー論というべきか。
この事態に、『月刊サイゾー』(サイゾー)7月号には
「『ヤンキー論』に必ずつきまとうナンシーの影を追っ払え!」
なるタイトルのコラムが掲載された。
書き手は、昨年出版されたヤンキー本の先兵、
『ケータイ小説的。〝再ヤンキー化〟時代の少女たち』(原書房)
の著者、速水健朗。
ヤンキーとケータイ小説の読者に重なりを見る立場からすれば、
90年代で事足りるヤンキー論には、異を唱えて当然か。
そのコラムでは、
ここ数年のヤンキー関連のヒットコンテンツとして、
島田紳助率いる『クイズ!ヘキサゴンⅡ』(フジ)が押さえられている。
冒頭の『日経エンタ』は、
「ヤンキーエンタテインメントの30年」
という労作の年表を作りながらも、
バラエティーをほぼスルーしていたのだが。
バラエティーを忘れてもらっては困る。
ドラマに劣らず、バラエティーとヤンキーのつながりも深いのだ。
『進化論』に登場するナンシー関の著書には、
私との対談集『隣家全焼』(文春文庫)も含まれている。
引用されたのは、女性誌『CREA』(文藝春秋)の97年4月号での対談、
「ヤンキー市場は日本最大のマーケット」。
「世の中の9割はヤンキーとファンシー」の発言もこの一部だ。
連載では当初、
対談後に2人で話の内容を図にまとめる遊びをしていた。
この「不良界」の図が下である。
(後日掲載します。
もしも『隣家全焼』文庫版お持ちの方は
99ページを参照ください)
10年余を経て的外れになった部分もあるが、
まず注目してほしいのは、
左上の島田紳助だ。
『青春!島田学校』(TBS/90~91年)は
当時放送されていた深夜番組のタイトル。
紳助が見込んだ、
まだ売れていない芸能人や素人を大量に出演させていた。
そして番組テーマ曲は、
自ら作詞した『日本で生まれて』。
『クイズ!ヘキサゴンⅡ』との共通点は多い。
上地雄輔やスザンヌなど番組メンバーが
『FNS 26時間テレビ』(フジ)でも涙ながらに歌った、
『陽は、また昇る』も作詞は紳助。
サビの「がんばれ日本!」の繰り返しは、『日本で生まれて』に重なる。
レギュラー出演者の疑似家族化。
涙の結束、チーム愛。
地元=日本に対する愛着。
感動また感動。
これらは、
『文化論』と『進化論』が指摘するヤンキー的資質とも重なっている。
島田紳助は「芸能界でいかに生き残るか」を基軸に、
生き方論を語ることが多いが、
そうした自分語りもまた、
ヤンキー的と指摘されるところだ。
『青春!島田学校』を覚えている人は多くないだろうが、
約15年後の『ヘキサゴンⅡ』は、
テレビ史に残るヒットになった。
島田紳助の最近の圧倒的な活躍に、
ヤンキー魂復活の証左を見るのは、
さほど暴論でもないだろう。
漫才コンビ紳助竜介として全国区への進出は、80年頃。
髪はリーゼント、つなぎを着て、
暴走族をネタにしていた。
あいまいな記憶で恐縮だが、
私はこのコンビのネタを通して、
関西で使われていた「ヤンキー」という言葉を知ったように思う。
全国的には、不良は「ツッパリ」と呼ばれていた。
そして、
THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIALの
『ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)』のヒットも同じ頃。
コント赤信号も、暴走族コントを得意ネタとしていた。
当時の子ども、特に小学生は、
テレビを通してヤンキー兄ちゃんの存在を知ったと言ってよさそうだ。
銀蝿の曲といい漫才のネタといい、
まっすぐ「かっこいい!」ではなく、
デフォルメされ笑える要素を含んでいたから、
若者以外にも浸透し得たのかもしれない。
さらには、涙もあった。
「不良界」の図の右下を見てほしい。
加藤優。
同じく80年に放送された
『3年B組金八先生』第2シリーズ(TBS)の登場人物である。
魑魅怒呂という不良集団に所属する加藤は、
前の学校を放逐されてきた転校生。
「箱の中に腐ったミカンが一個混じっていれば、
そのうち箱中のミカンが腐ってしまうから」
と退学理由を説明する、前の学校の担任教師に、
金八先生が食ってかかる。
この「腐ったミカン」というフレーズは、
30年を経た今も生き残っている。
つい先日も
『めちゃ2イケてるッ!』(フジ)のナレーションに使われていた。
ドラマのセリフがここまで残る例は他に、
『太陽にほえろ!』(日テレ)での
松田優作の「なんじゃこりゃああ」と、
『北の国から』(フジ)での
田中邦衞の「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!!」
くらいだろう。
純粋さゆえに荒れ、
理解なき大人たちに踏みにじられる。
腐ったミカン=加藤優は、
「ワルだけど本当は心根のいいヤツ」という、
その後延々とヤンキー系ドラマでなぞられるキャラクターの原型だ。
清水の次郎長親分とか、
人情に厚く仁義を守るワルはこの国で人気キャラになりやすいが、
現在につながるルーツは、
校内暴力の嵐が吹き荒れる時期に生まれた、
この加藤優だろう。
ところで、『金八』の名セリフには
「顔はやばいよ、ボディーやんな、ボディーを」もあった。
79年放送の第1シリーズで
ツッパリの山田麗子を演じた三原順子(現じゅん子)が、
リンチのシーンで言う。
この三原の人気が、
女子アイドルがドラマの不良キャラでブレイク、
の先駆けではなかったか。
『不良少女とよばれて』(TBS/84年)
『ヤヌスの鏡』(フジ/85~86年)
『スケバン刑事』シリーズ(フジ/85~87年)。
中山美穂がデビューした
『毎度おさわがせします』(TBS/85年)も
同じラインに入れていいだろう。
男のくせに女物のサンダルを履いたり、
不良は男女交際の経験をにおわせたがるし、
早熟早婚の傾向にある。
だからアイドルが演じる不良キャラも性的なイメージを喚起するし、
コスプレ感があるのもいい。
啖呵を切ったり、型をなぞる芝居が多いから、
演技の力不足も気にならない。
こうした効用に、現在は女よりも男があずかっている。
ドラマに映画に、
イケメンが不良キャラで大量出演。
楽しんでいるのは女性の視聴者や観客だ。
コスプレを楽しみ、
友情や先輩への忠義、
男同士の強い連帯関係をのぞき見ることを喜ぶ。
チーム愛は重要ファクターだ。
「不良界」の図の中央近くに、ZOOとある。
深夜番組『DA DA L.M.D』(テレ朝/89~90年)
を母体に結成されたダンスユニットで、
EXILEのリーダー、HIROが所属していた。
14人の大所帯となったEXILEもまた、
チーム愛の集団。
『スクール・ウォーズ』(TBS/84~85年)や
『ROOKIES』の熱血教師的存在は、
所属事務所社長でもあるHIROだ。
ひとり40代のリーダーを、
他の若いメンバーが慕う様をファンは好ましく見つめている。
一方、チーム=ファミリーの結束を見せられなかったのが、
小室ファミリー。
小室哲哉は、後に起した事件も十分にワルを証明しているし、
自分語りが得意。
全盛時に乱発した歌詞にもその暮らしぶりにも上昇志向が過剰で、
成り上がり=ヤンキー的思考を十分備えていたはずなのだが。
さて、
トレンディードラマが隆盛を誇った80年代末から90年代にかけて、
ドラマからは不良の姿が激減した。
工藤静香姐さん(「不良界」の図参照)ですら当時は、
トレンディードラマの出演者に。
バラエティーや情報番組は、
東京のデートスポットやグルメな高級店の紹介に熱中。
ヤンキーの出番は、
伊藤輝夫(テリー伊藤)率いる番組など一部に限られた。
ナンシー関が盛んに、
芸能人のヤンキー的資質
(「銀蝿的なもの」と表現されている)を指摘し、
後にヤンキー論とまとめられるようなコラムを書きはじめたのは
この頃だ。
何が起きていたのか。
「不良界」の図を、最後にもう一度。
中央の「お店系」という枠に注目いただきたい。
現在の芸能界を見渡すと、
この枠に帰属するタレントが多い。
トレンディーの嵐を経て、
不良界では「お店系」の比重が高まったのではないだろうか。
「お店」とは主に、
酒を出す夜の店を意味するが、
もちろんラーメン屋も含まれる。
暴走族の集会から、お店の朝礼へ。
チーム愛も自分語りも上昇志向も、
すべてお店で。
ケンカ上等から、売り上げ上等へ。
一時期ヤンキーの姿が見えにくくなったのは、
不良界の地殻変動が起きていたからか、
それとも変動を余儀なくされたからか。
ヤンキーの産業化、経済化。
ってそれは言い過ぎ。
テレビはお店系ヤンキーの顕在化、
そしてお店系ヤンキーの再生産にもまた、
関与したと思う。
その現場は意外にも、ドキュメントだった。
ホステスやキャバ嬢やホストが
「夜の世界で天下とったる」とヤンキー魂で仕事に励む姿が、
最初は興味本位の観察対象になっていたが、
盛んに放送されるうち肯定的なニュアンスを帯びていく。
漫画と連動しつつ、ドラマにも進出した。
99年放送の『お水の花道』(フジ)で
主人公のホステス明菜はチーム愛に燃える、
「不器用だけどいいヤツ」だった。
以降、夜の世界を舞台にした熱いドラマが増えていく。
そして「お店」はもともと、テレビと親和性が高かった。
バラエティーで、スタジオを「お店」とする設定の番組はたくさんあるし、
会議で番組を「お店」に例えることも多い。
同じサービス業ですから。
暴走族から遥かに遠く。
たくさんの命を奪う過激な犯罪は、
むしろオタクの持ち場に取って代わられ。
暴走族や不良学生をコスプレのネタや、
チーム愛に涙するファンタジーの舞台として消化しつつ、
主流は「お店」系へ。
80年代の中学生が横浜銀蝿にかぶれたことを思えば、
現在の中学生が、
ホストやホステスに憧れ、
彼らが読者モデルを務めるファッション誌を手本にするのも
当然かもしれない。
「ケンカで天下とったる」よりも、
「夜の世界で天下とったる」や
「ラーメンで天下とったる」の方が、
確かに資本主義社会に準じている。
こうなったのは必然か。
乱暴にまくしててみたが、とにかく。
ヤンキー論がナンシー関のコラムで事足りるように思えたのだとしたら、
「テレビありきのヤンキーだからじゃないか」、
そんな仮説も大学の先生には立ててみてほしかったのである。
テレビは最近なにかと忘れられがちだから。