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未成年パスしかもらえなかった自慢
ひとつも宿題を抱えてない素敵な日曜日、横浜へ。
KAIKOOmeetsREVOLUTIONというのに、行って来ました。

元財務局の建物の4フロアを使った、
小さめのアート&ロックフェス。
お目当てはこだま和文さんのライブでした。
今月初めのMUTEBEATの一夜限りの復活ライブに
行けなくて、猛烈にがっかりしてたのでリベンジ。
今回はKODAMA KAZUFUMI WITH 1945 a.k,a, Kuranaka
としての出演でした。

40分くらいのステージでしたが、
とても幸せになりました。
気持ちよかった。

こだまさんがMCで、
「フリー・チベット」からはじめて
「フリー・チャイナ」
「フリー・アメリカ」
「フリー・ジャパン」へ
つなげていったのも、よかったです。
そういうことだよなあ、と思いましたよ。
「フリー・チベット」だけだと逡巡してしまう私も。

ただ、調子こいて、飲みすぎてしまった。
横浜で飲んで、中目黒に移動してまた飲んで。
体調が悪く、
(ごはん食べられんし、微熱でだるくて、
弱点の目が腫れて。右目は昭和の漫画によく出てくる、
数字の3を裏返しに描いたような状態に)
ちょいちょいまわりに迷惑をかけた1週間の最後が
これじゃダメでしょう。

でも、楽しい、よい一日でした。
そして、
身分証明がなかったことで、
入場時に「未成年用」パスしかもらえなかった。
単に、規則に従順な受付さんにあたっただけなんだけど、
「若く見えたから」と事実を曲げて、
なおホクホクに。
ダブル・スコアのくせに、よく言うよ。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-29 01:19 | 日記
『ノーカントリー』&『タクシデルミア』
おとついのエントリで、
「北京五輪開会式の演出をチャウ・シンチーに」
なんて夢想してますけども、
今の中国が誰はばからずに表明する「ビンボーへの嫌悪」に対して、
「なぜあなたたちは自己否定をするんですかぁぁぁ」と、
と訴えるのがチャウ・シンチーなのですよね。

もしもチャウ・シンチーが日本語をしゃべれるとしたら、
絶対に丁寧語になるという気がします。
サンボマスター山口みたいな口調。

ところで、
そんな北京五輪の聖火リレーが終った日本では、
『ノーカントリー』
が早くも都内の大きな映画館で上映終了とのこと。
女子供が見たがらないからでしょうか。
残念なので、
『In Red』3月号に掲載された原稿をアップしておきます。

ちなみに、『ノーカントリー』は、
仕事で「カラマーゾフの兄弟」を読破した直後に見たので、
「うひゃあ、すげードストエフスキーっぽい」と思ったのでした。
原作の『血と暴力の国』も近々読んでみたいですが、
どうやら「カラ兄」並みとは言わずともかなり長いみたいで、
びびります。

原稿は、『タクシデルミア〜ある剥製師の遺言〜』との二本立てで
書きました。
『タクシデルミア』もおすすめ。
『ノーカントリー』以上にすすめる相手を選びますが。
というわけで、以下、原稿。





「生死について暴力的に問う 
    人間ってなんだああああ」



 24才の頃、高校からの友達が事故で死んだ。
 葬式で泣いたものの、上っ面な涙なのがわかり、
自分が不気味に思えて仕方ない。
 そんな時、
『スイート・スイート・ビレッジ』というチェコ映画を見た。
 農村のとぼけた暮しが愛らしく描かれるなか、
墓地の崖下、埋められたいくつもの死体の横で暮らす家族が、
大事に飼ってきたうさぎを
「さあ、ごちそうだぞ」と吊るし切りする場面。

 涙がどっと溢れた。
 うまく説明できないけれど、
動物の死体を食べて生きてる自分もやがて死体になる、
あたりまえのそのことを映画に見せられてやっと、
頭の鈍い私にも、死を実感できたのかもしれない。
涙が止まらなくて困った。

 珍しい話ではないと思う。
死を理解できない理由の一つは
命、精神、肉体が頭の中でバラバラでしかないから。

 タイトルが「はく製」を意味する『タクシデルミア』は、
とてつもなくグロテスクな映画だ。
 性的快感の獲得を人生のすべてとする祖父、大食い選手の父、
そして息子は性欲も食欲も極めて薄い、はく製師。
 3世代の日常をオムニバス形式で、
性器、吐瀉物、死体にまみれつつ描く。
 食事どき前後にはおすすめできない、エログロ満載の90分。

 性欲、食欲、勝利欲や征服欲。
 欲望にふりまわされるのは肉体か、精神か、命か。
 その極限的な答えを提示する衝撃的なラストまで、
すさまじい映像の連続。
 エグい、でもすっとんきょうで笑える。
 言わば、ダサキモグロかわいい。
 そしてなにより、「人間ってなんだあああ」という問いに打ちのめされる。

 何でもモロ見せ。
 でも露悪趣味とはまるで別物。
 反転が巧妙に仕掛けられている。
 原水爆の発明者から投資王ソロスまで
現代の天才を量産してきたハンガリー生まれの、
若き監督の異能に圧倒される後味は、一番近い言葉で言うと、
感動だと思う。

 他人の肉体は、
今すぐ死体にするかどうかという二択でしか見られない。
 自分の肉体も、殺人の道具として認識するのみ。
 『ノーカントリー』には、そんな殺し屋が登場する。
 ペネロぺ・クルスの現恋人がへんな髪型で演じて超不気味。

 監督のコーエン兄弟は得意の、
間がヌケてるからこそゾッとする殺人シーンを連打、
前半30分の緊張感は強力で、サスペンスには違いないが、
人の命についての哲学本を読んだような、静かで深い余韻が残る映画だ。

 金銭欲でも快楽のためでもなく殺人を重ねる殺し屋を追う、
人情肌の保安官の表情は暗い。
 コイン投げの結果次第で人殺しを遂行する殺し屋は、
殺される側にとって理不尽な存在だが、
そもそも人の死は理不尽なもの。
 心がきれいでも早死にする人がいるし、
長生きの悪人もいるし、その逆も。
 生死は偶然、それが現実。
 純粋な殺人マシーンのごとき殺し屋は、
「罪とは何か」を問い、神の不在をつきつける。

 ふりかえれば、友達の死を私が理解できなかったのも、
生死の偶然という現実を受けいれられなかったのが、
もうひとつの理由だと今ならわかる。

 2本とも猛烈に残酷な映画だ。
 「人を殺してみたい」なんて思いにとらわれている若者には、
ぜひ見せたいほどの残酷さ。
 そんな稚拙な願望を、吹き飛ばすだけの破壊力がある。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-26 22:32 | 日記
今年のアカデミー賞のいい人NO1                     映画『魔法にかけられて』
だいぶ前の話ですが。

今年のアカデミー賞中継は、放送作家として
例年とは違う意味で、面白く見ました。
授賞式の開催が決まってから本番まで時間がない中で、
どうつくるのか。
会場チームもたいへんだろうし、
過去素材で相当の時間を埋めなきゃいけないVTRチームも大汗。

中継を見ながら、
「こりゃ、徹夜しまくりだろうなあ」とか
「あー、このへんは手が回らなかったのね」とか
「今のは、ウラでAD蹴られてるぞ」とか、
他人の不幸をついつい楽しんでしまいました。

そんな中、ものすごく働いていたのが、
『魔法にかけられて』のエイミー・アダムス。
この映画から主題歌賞に3曲もノミネートされたもんだから、
歌って踊って、衣装替え多数でフル回転。
しかも、セットもカメラワークも間に合わせなもんだから、
がんばっても、仕上りは全然冴えない。
で、そんだけやって賞はもらえず、笑顔で拍手。
いい人じゃなかったら、びっくりだ。

そんな『魔法にかけられて』ですが、
初期ディズニーアニメの
激スイートでドラッギーな味わいが好きな人には
冒頭15分がよだれダラダラです。
そして途中から、
宮藤官九郎さんのドラマの豪華版を
見てるような気になるという。

しかし、
この映画のパトリック・デンプシーといい、
『ホリデイ』のジュード・ロウといい、
近頃のラブロマンスもののヒロインの恋のお相手は、
男やもめ、
ちっちゃなかわいい女の子を男手ひとつで育ててるイケメン
つーのがもはや定番ですね。

この人と結婚すれば、
理想の家庭がほぼ完成形でいきなり手に入っちゃう、
そういうことなんでしょうねえ。
なんて、欲張りさん。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-25 00:37 | 日記
チャウ・シンチーの北京五輪開会式が見たいんだ?
『ミラクル7号』の試写を見ました。

チャウ・シンチーの『E.T』ってことで、
そりゃもう泣かさましたよ。

主役の子供は、チャウ・シンチーが養子にしたそうです。
将来がえらい楽しみじゃないですか。
本物の『少林少女』!!
を作って欲しいものです。
タイでは阿部寛も出演している美少女アクション映画『チョコレート』
の主演の女の子が大人気らしいですけど、
こちらも監督が養子にしたとか。

今回も、
主人公はビンボーです。
そんな『ミラクル7号』を見ながら思ったのは、
北京五輪の開会式の演出は、
同じ映画監督に発注するなら、
バブリーでキンキラキンのチャン・イーモウより、
チャウ・シンチーにすればよかったのに、
でした。
チャン・イーモウの『王家の紋章』のCMで、
金色の豪華な衣装のおねーさんたちが大量に
ドーッと走ってくるカットがあるけど、
チャウ・シンチーがやれば、
ボロボロの服でデキモノだらけだったりする異形のエキストラが
わーっと出てきてフィールドを埋め尽くし、
小汚いおっちゃんとおばちゃんがカンフーで暴れまくり、
あっちこっちでワイヤーがからまる惨事が起きながらも、
超ベタ、ど直球の涙と笑いで盛り上げる。

あれ、でもそれじゃ、
北京五輪が好感持たれちゃうか。
じゃあ、
バブリーでキンキラキンで、
やたらに制御されてて、
見た目は濃い味なんだけど中身は薄い、
最近のチャン・イーモウな開会式でいいです、やっぱり。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-24 01:28 | 日記
ヘンリー・ダーガーと花輪和一も
3月発売の「InRed」でも
「死後に発見された長大な絵物語。
 作者は社会不適応に苦しむ貧しい清掃夫だった‥。
 今や世界で賞賛される芸術家の、
 孤独な後姿をたどるドキュメント。
 彼が妄想の世界で、主人公の少女たちに着せた服や羽は、
 色鮮やかで美しくてドリーミィで、クラクラします」
と紹介させてもらった
映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』

何度か控えめに折り込まれる、
ダーガーの絵物語「非現実の王国で」のアニメバージョンも
慎重に作られていて、うっとり見ました。

絵の実物の一部は展覧会で二回見ていて、
ここに感想なんぞも書いてますが、
見ているときに、頭の中がざわざわしてたいへんでした。
絵物語の主人公であるところの少女戦士たち、
ヴィヴィアン・ガールズの声が多重音声で響いてしまって。
アニメでは、
この感じがそのまま目の前に現われたようで、
「そうそうそうなのよ」と、思わず前のめりに。

絵物語の解説としては、
作者のダーガーさんは自分自身を、
「ヴィヴィアン・ガールズの援軍のスパイ」
「敵軍の将軍」
「従軍記者」
などとして登場させている、というのが一般的なようです。
でも、それだけじゃないんじゃないかなあ、と。

絵を見たときはぼんやりとしか感じなかったんですが、
今回の映画を見てよりはっきり、
「ヴィヴィアン・ガールズ=自分」でもあったのでは、
と思い至りました。
幼女たちの股間に男性器が描いてあるのも、
「女性の身体を知らなかった」ことももちろんあるんでしょうが、
幼女=自分だからでもあるんじゃないかなあ、と。

ダーガーさんは、
漫画や広告の少女キャラクターの輪郭をなぞったりしながら
自分の絵を作ったわけですが、
股間にちょこんとイチモツを書あしらって、
「これ、オレオレ」って。

そんなことを思って、
さらに頭に浮かんだのが、花輪和一です。

銃刀法違反で服役した刑務所での日常を克明に漫画化した
『刑務所の中』に続いて、
服役までの顛末を書いた「はず」の『刑務所の前』
しかし、
問題の実銃コルトガバメントの入手から修復にいたるまでの
超くわしくて、妙にハイな、マニア愛あふれる一部始終と、
『刑務所の中』を補足する獄中記録と、
中世が舞台の、親の因果と幸せ探しに苦悩する幼女の物語、
この3パートが錯綜する、
一大絵巻に仕上がっております。

そして、何といってもすごいのは、
実銃の入手から修復までを描くに際して、
自分を三つ編みで丸顔の幼女「花子」に
おきかえていること。
ピュアなマニア愛に満ち満ちているときは、
愛らしい幼女そのままに、
証拠隠しなど、法を犯してることを自覚し悪い心で動いているときは、
幼女の顔にどろぼうヒゲをあしらい、
より自分の顔に近づけて描きます。
すごいです、何度読み返してもわくわくする傑作です。

花子は、
丸顔で、おめめぱっちりで、三つ編みで、
手足がむちむちして、丸襟ブラウスに吊りスカートで、
古くさい教育用絵本のキャラクターみたいなんですが、
そこもヴィヴイァンガールズ的。

この漫画に限らず、
『不成仏霊童女』(2巻はともかく、1巻はこれまた傑作。読むと嗚咽)
でも、童女に自分をなぞらえてます。

作品中で、自分を愛らしい女の子に重ねる。
前回のウォホールやガス・ヴァン・サントの例は、
「なんだかなあ」ですが、
ダーガーさんと花輪さんの場合は、
猛烈に好ましく思ってしまうのでした。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-21 01:20 | 日記
ガス・ヴァン・サントとアンディ・ウォホール                 アバタさんのシンクロ
(前回からの続き)
そんな『パラノイド・パーク』ですが。

見終わって、その少し前に見た
『ファクトリー・ガール』と通じるところを
感じてしまいました。

イーディー・セジウィックの伝記映画
『ファクトリー・ガール』では、
シエナ・ミラーがイーディー、
ガイ・ピアースがアンディ・ウォーホル、
ヘイデン・クリステンセンがボブ・ディラン、
みんなでなりきり共演してるわけですが、
ウォホールがものすごくイヤなヤツに描かれています。

美人で良家の出でお金持ち。
そんなイーディーのことを、
貧しい移民の出で、ブサイクなウォホールが、
「好きだった」というより、
「イーディーになりたい」と思ってたことを強調。

たぶん、実際なんそうだろうしね。

ウォホールは「ぼくの哲学」という本で、
「ニキビが気になるなら、自分からそのことを言えばいい。
 そうすれば相手は一時的なものだと思う。
 言わなければ、永遠にある欠点だと思われてしまう」
みたいなことを言ってるけど、
本人は
いつも赤く荒れている、吹き出物肌を化粧で隠してた。
私もアトピーなんで気持はちょっとわかりますけども。

そして、そんなウォーホールと肌質が同傾向だと思われる、
ガス・ヴァン・サント。

この人の映画に
美少年が出てくるのはよくあることですが、
今回の主人公は、これまでにも増して麗しいド美少年。

でも、監督がこのド美少年に自己投影する
なんてことはありません。
それはさすがに無理。
そのかわり、
ド美少年が心を開く相手の女の子が、
ガス・ヴァン・サントなんですよ。
もっとかわいこちゃんが身近にいるのに、
見劣りしまくるアバタ娘に、
ド美少年が心をひらく。

これ、自分のことじゃんか。
自分がそうして欲しいんでしょ。
ド美少年に心ひらかれて、お手紙書かれたいんでしょ。
わっかりやすい人だなあ。
私、そう思いました。
照れのなさに、感心すらしました。

ところで、どういうことなんでしょうね。

自分は男なのに、
自分の作品の中に登場させた女に、
自分を重ねる、ていうのは。

これは同性愛とはまた別の話だという気がします。
だってね…と、この話つづく。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-20 16:56 | 日記
『パラノイド・パーク』を見た人に質問
以前、スパイク・リー監督の『セレブの種』の試写を見たとき、
「字幕に直したほうがいいとこ、ありました」
と進言させてもらったことがありました。
イカす黒人、遺伝子欲しくなっちゃう黒人(このへん、うろおぼえ)
の名前をバシバシあげあう会話で、
「ニーナ・シモン」の表記が違ってて。
外国人の名前の表記は、ギョエテORゲーテみたいに、
何が正解ってこともないんだろうから、
おそるおそる進言させてもらったわけです。

でもねえ、そのときに、
「もうとっくに他の人が指摘してるのに、
なんかヤな感じだったかも。
英語ぜんっぜんダメなくせに」
と、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
英語の知識で間違いに気付くわけじゃなくても、
「字幕にご意見」って行動は、
英語バカにはハードル高い。

で、今回。
『パラノイド・パーク』の試写でも、
「あれ?」と思ったけど、
言いそびれてしまいました。
けれども、私の他にも言いそびれる人ばかりで、
直ってないまま公開されているかもしれないと
ちょっと心配になり。

後半に出てくる、
主人公の美少年くんとちびっこな弟の会話。
ヘンじゃなかったですか?

試写で見た字幕では、
ちびっこの弟がお兄ちゃんに、
バカコメディ映画の話をする、
という場面のはずが、
よくわからない字幕になっていて。

話題になっている映画は
『ナポレオン・ダイナマイト』(邦題『バス男』)
なんですが、
キップはナポレオンの兄なのに「弟」になっていて、
ナポレオンも「ナポレオン閣下」になってました。

直っているといいんですが。

それはそれとして、
ちびっこが「ラマのティナがね」って話だした途端、
「お、ナポレオン・ダイナマイトだ!」とピンときた自分を、
ちょっとバカだと思いました。
何度も見すぎだよ。
脳の容量がどんどん減っている今、
それは消去すべきでしょと反省。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-14 16:05 | 日記
行け行け 奥菜恵
全米興行収入ランキングに、懐かしい名前が!
落合正幸さんじゃないですか。
監督作『Shutter』が先週6位、今週9位。

落合さんが共同テレビにいたころ、
『ニュース・バスターズ』という番組で仕事をしたんですが、
その後は、スポーツ新聞上で何度かびっくりさせてもらいました。
公私ともに、めんどくさそうな女の人の相手を楽しめる、デキる男。
そんな認識です、恐縮です。

そしてこの映画で、奥菜恵が全米デビュー。
いいなあ、あっちでもいろんな意味で活躍してもらいたい。
とりあえず早々に、
こずえ鈴(元カレがパリス・ヒルトンの現カレ)を越えて欲しいなあ。
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by hiromi_machiyama | 2008-04-14 02:49 | 日記
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放送作家・町山広美の日記
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