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映画レヴュー       『あまねき旋律』                                        『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』    
                                  
                『In Red』2018年11月号掲載



ともに生活すること
働くこと歌うこと


例えば、都心で生まれ育った私は1、 2カ月おきに数日間を那覇で暮らすことにして2年になるが、場所で人は変わると思う。

那覇の街猫は落ち着いていて、人が近づいても首をあげチラ見したらまた寝てしまうし、なんなくお腹を見せてくる。私もそんな感じになる。

でも、羽田を出たらもう、行列がもたつけば原因を探ろうとしてしまう。
よけいな恐怖心のせいだ。




『あまねき旋律』はインド東北部、ミャンマーとの国境近くにあるナガランド州で撮影された映画。
そこで暮らすナガ族、それは16以上の民族の総称で、州内のペク県の人々が歌う「歌」がこのドキュメンタリーの主役だ。

だが、インド南部出身で男女コンビの監督でさえ、各地の音楽を取材するうちこの「歌」を知ったという。
それほど知られていなかった。

美しい。
複雑な多声。
即興で瞬時に編み込まれては消える。


だってこれは、歌のための歌ではない。


歌い手は田畑で働く人。
急な斜面の棚田で過酷な農作業に励みながら、歌う。

だから、建築が生業で畑作業をしないある兄弟は歌えないと話す。
歌が作業をつくり、作業の単位となるムレの結束を確かにし、作業と生活の安全を知らせ喜び合う。


そしてこれは、ただ美しい棚田の景色と歌だけの映画でもない。


ナガ族には、首刈り族の異名もある。
独自の文化を持ちながら、イギリスの植民地支配、インパール作戦による日本軍の侵攻という経緯があって、やむなくインドの支配下に。
以来、半世紀以上も分離独立のための闘争が続き、拷問や強制収容、おそろしい弾圧を受ける間に、各民族の対立も複雑化していった。

知らない素晴らしい歌から、知らない歴史と現実へ。
どんどん知らない場所へ誘いだしていく構成がうまい。

数人に会話をしてもらう形式のインタビューも功を奏している。
お互いへの思いやりや愛情のあり方がわかってくる。

歌詞は「あなたがいなければ真実の愛は見つけられない」と訳されるが、これは私たちが簡単に思い及ぶ「あなた」や「愛」だけを指すだろうか。
作業の仲間、作物を実らせる命の営み、この世があること、万物を歌っているのではないか。

脱穀の作業、歌い踊っての楽しそうな人々を見て、落涙した。
満たされるとはこれかもしれない。




『ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ』はニューヨークのクイーンズ区、ジャクソン・ハイツと呼ばれる地域で撮影された。

189分の街角ウォッチング。
特にスポットライトが 当てられる人物はいない。

古いアパートが立ち並び、住民の多くが移民。
167の言語が飛び交う。


「ここは真のアメリカというべき、人種のるつぼ」と、監督フレデリック・ワイズマンは解説する。
ナレーションなし、テロップなし、スタッフからのインタビューもなし、事前取材は最小限、取材と撮影の同時進行で撮りに撮ったフィルムを精査、編集で作品を作る。
という手法に徹し、たくさんのパワーある作品をつくったドキュメンタリー界の開拓者でトップランナーだ。


移民の街は今、再開発に揺れている。
どう自分たちの生活を続けていくのか。
それは政治にとどまらない日常で、解決は住民によって日々模索され、そこから金言がこぼれ落ちる。


移民は「奪いにきたんじゃない。命と汗を与えにきた」。

移民の理由を聞かれたら「選挙と答える。民主主義を理解してるってわかるから」。

子どもが地元の学校へ通えず外へ出ていくのは「頭脳の流出だ」。


ハッとさせられる。
生活を続けるためには、守るんじゃなくて、変える。
解決に近づけるために、進む。

欠落、不足という恐怖にとりこまれずに、さあ生活を続けよう。


by hiromi_machiyama | 2018-12-28 22:17 | 雑誌原稿アーカイヴ
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