人気ブログランキング |
アニエス・ヴァルダ監督『顔たち、ところどころ』パンフ

『ふつうの人々のあたりまえの誇り』


ツートーン・マッシュルームカットの可愛らしいおばあちゃん、な見た目に安心してはいけない。
これは切れ味の超鋭い、天才 の仕事。
まぎれもない傑作だ。

共作クレジットになっているが、『顔たち、ところどころ』は今年90歳になるアニエス・ヴァルダの、幾多の輝かしい仕事の新たな頂点と言える。
映画を仕掛ける、現場で起きたことを余さず的確に撮る、自在に編集する。
各段階での発想の豊かさ自由さ巧みさが凝縮された、映画エッセイにして、アート製作ドキュ メンタリー。

「ヌーベル・ヴァーグの祖母」という形容詞が後付け、追っかけにすぎないことが、よくわかる。
そもそものちに整理される「新しい」は、アニエスの身の内にあったのだ。

54歳年下の男子アーティストJR との出会いから映画は始まる。
はずが、まずひとひねり。
その遊びで提示された、出会いの得難さ、奇跡の一回性が、この映画を柔らかく貫き、やがて帰着する見事な構成なのだが、まずはひとつひとつのエピソードを楽しみたい。

JR は、社会的な問題を擁する場所でそこに暮らす人のポートレートを大きく貼り出す、という作品を発表してきた。
そんな彼を、アニエスはふつうの田舎町、フランス各地へと連れ出す。

農家、港湾労働者、工員。ふつうの人の、人生の凄み。
思わぬ金言。
初対面の会話からそれを引き出してしまうアニエスは、さらには少々の演出を仕掛けて、演劇的で象徴的な場面もつくりだす。

JR の写真が加わると、さらに事態は変化する。
アートが、心動かす瞬間がつくりだされる現場を続々と目撃させられて、クラクラしてくる。

田舎町のふつうの人たちからひきだされる、「ストをする自由」「あなたも主張し続けて戦って!」の言葉。
フランスらしい、と言えばそうだが、それをひきだし編集で選択するのは、アニエスだ。

軽やかに始まった、アニエスとJR の田舎さんぽが、自由や人権、大きなテーマに手を広げていく。
いや、手を広げるのではなく、それらが生活のうちに含まれているのが当たり前、というのがアニエスの考えなのだと思う。

ふつうの人が自分の仕事や生活に持っている誇り。敬意をもってそれを撮る、聞く。
その誇りを顔として、大きな写真に掲げる。
二人はそんな仕事を重ねて、旅をしていく。

アニエスは老いの実感を隠さず、その素顔をあらわにしていき、思い出に繰り返し立ち止まる。
そして、JR と同じ黒眼鏡の男にして若き日の友人、映画の革命児ことジャン・リュック・ゴダールを訪ねるのだが。

その結末にあっけにとられ、たちあがってくるのは、人生の一回性、すべての時間への愛おしさだ。

戻らない、失われる。
だからこそ、各々の瞬間を、人との出会いを、自分自身を大切にし、誇り、他人のそれにもまた敬意をもたなくては。

甘哀しいギターが響くエンディング、胸がいっぱいになる。

(『I n Red』2018 年 9月号からパンフレットに転載)



アニエス・ヴァルダ監督、ありがとうございました。



by hiromi_machiyama | 2019-03-29 21:42 | 雑誌原稿アーカイヴ
<< 映画レヴュー  『ビリーブ 未... 映画レヴュー『ヴィヴィアン・ウ... >>
トップ

放送作家・町山広美の日記
by hiromi_machiyama
ライフログ
フォロー中のブログ
メール
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧