カテゴリ:雑誌原稿アーカイヴ( 20 )
映画レビュー『ラブレス』『ラッキー』
『In Red』2018年4月号掲載



生きることはほしいこと でも本当にそうかしら?


 
社会にとって価値があるかないか。

そういう基準を提示して虐殺を正当化したのはナチスだが、その考えは様相を変えて受け継がれ、脱工業化を経た現在の消費社会では消費能カの高い人間こそが尊ばれる。
より多くほしがることこそ社会への積極参加であり、貢献であり。

『ラブレス』はそれがどんな冷たい地獄かを記す、警告の書だ。
凄まじい完成度で、あなたたちがいるのはここだと突きつける。

ロシアの郊外の瀟洒なマンション。
一流企業に勤める夫、美容サロンを営む妻。
離婚を決めお互いに新しいパートナーがいる。
妻より若い女、夫より経済力のある男。
これまで以上の幸せを得る気満々だから、今の停滞にはイラつくばかりだ。
11歳の息子を相手に押しつけてしまって、早く次へ進みたい。

そんな時、息子が行方不明になる。
夫婦は彼を探すが、果たして。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の脚本と演出は冷徹この上ない。
息子が消えて悲しい、この夫婦にもそういう感情はあるが、それは誰かに見返りや謝罪を要求する為の道具にすぐに転じる。
なにしろ彼らがひたすら求めるのは他人から羨望される、満たされた「自分」だ。
そういう「自分」を損なう要素は排除したい。
人間的で素直な感情であろうと。
満されたくて悲しみすら持続できないのだ。
ただただほしがって。

社会のシステムもそれを歓迎していることを、怠惰で官僚的な警察を好例に描く一方で、監督が示す唯一の希望は報酬もなく普意で不明者を捜索する人々だ。
一列に並び、声を掛け合い、冷たい森を進む彼らの姿は、大きなカに抗う神話の中の闘士の荘巌さ。
凍えた胸が震えた。

もはや他に手はないのだろうか。
『ラッキー』には別の答えがある。

昨年9月に91歳で亡くなった俳優ハリー・ディーン・スタントンの人生を取材し、ご本人が主演した。
演じるのは、荒野の小さな町の小さな家に独居する男、ラッキー。

いわく「孤独と一人暮らしは意味が違う」。
毎朝目覚めるとタバコを1服し、ヨガの5ポーズを21回ずつ、またタバコを吸い、コーヒーを飲み、近所のダイナーで軽口を言い合い、クイズ番組を見て夜はまた行きつけのバーへ。
その繰り返し。

そこにすっと、繰り返しが終わる予感が忍び込む。
そして、軌道がすこしだけ変わる。

それだけの話なのに深く静かな場所へ連れて行ってくれるこの映画で、達者な演技を披露するデヴィッド・リンチをはじめ、クセの強い監督たちが重要な脇役を任せてきたのが、俳優スタントン。

幼い頃の、そして従軍中の沖縄での体験など、彼が話していたことを散りばめた脚本は、長く近くにいたアシスタントたちがまとめたもので、監督は脇役俳優の後輩ジョン・キャロル・リンチ。

映画の中で出会ってほしいから引用するのがもったいない哲学的な至言の数々がつぶやかれるが、決してラッキーは達観しているわけではない。
死を恐れ、同性愛者を嫌ったり女性を傷つけた昔とも向き合う。

克服できない過去、癒しがたい悲しみ。
それらを抱えてラッキーは立っている。

敬愛に満ちたこの映画で彼が大好きなマリアッチを従えて歌うラブソングの美しさ。
「降伏する準備はできている」、愛とはそういうものだろうし、勝ってほしがるだけの人生に価値はあるのか。

真実には実体があるが、それさえやがて消える。
永遠はなく、手元には何も残らない。
そう承知で、他人に「好きにすりゃいい」と言えて無の暗い深淵に微笑みを返せる人。

できることなら、かくありたい。






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by hiromi_machiyama | 2018-04-14 21:56 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback
23                  
                 「スチャダラパー余談5」掲載

6月頃、スチャダラパー23周年の野音ライブで物販された読み物「余談5」に書いた原稿。
どういうわけか、2013年に一番ひとからホメられた原稿になったので、年越にアップしてみました。
まあ、最近は映画レヴューしか書いていないから、こういうネタが珍しくていろいろ言ってもらえただけなんだろうとは思いつつ。

23周年なのでお題は「23」、それを語呂合わせで読みました。
発注してくれたのがシンコさんで、シンコさんも弟なので。




     『23』



 ある昼下がり、23が起きてこないことに気づいた。休日の昼には、食卓についたところで、私と母親が食べる上空でモデルガンをぶっぱなすようなことも何度かあったから、静かでいいと思ったが、それにしても静かすぎる。

 仕方なく起しに行って、布団ごしに押してみると、様子がおかしい。奇妙な感触。甲殻のように固い背中にぎょっとして、布団をめくってみると、そこには巨大な虫がわぎわぎしていた。たくさんの足がしょんぼりと光る。

 23は虫になったのだと、すぐに合点した。やたらめったら本を読む23には読書量が少ないとバカにされる私だが、カフカの『変身』ぐらいは読んでいる。

 やった、と思った。高校受験を前にした23に、母親はすっかり手をやき、「3年後にまたこんなことがあるなんて絶対に私もお2ちゃんも耐えられない。だから絶対に付属高にいってほしい。そうすると広美ちゃんは公立しかいけないけど、大丈夫よね」と決めつけられていたからだ。まだ中1なのに「ああ、自分でなんとかするから」と応じてしまっていたが、授業料の高い私立の付属高に進む虫は、いない。

 納得がいかないのは、なぜ23が虫になったのかだ。

 『変身』では、家族の面倒を懸命に見ていたつもりの主人公グレゴールが虫になってしまうと、彼に頼っていたはずの借金まみれの両親や妹が、自分たちで生きる手だてや希望を見つける。グレゴールの営為は無用だったという皮肉。

 だとしたら、この昼から数十年後、母親が男がらみの事業の失敗でつくった額面25億の借金を陣頭指揮をとって処分整理、その後の母親の介護も勇んで一手に引き受ける私のほうがずっと、グレゴールにふさわしい。自己陶酔じみた英雄願望で家族のヒーローを買って出る虫は、私だ。

 でも目の前で虫になっているのは、23だった。

 アレに似ていると思った。小学生の頃、よく漫画を描いていた23をまねて、私も一作だけ描いたことがある。『ゴキブリゴキコちゃん』。どんな話だったが忘れたが、とにかく絵がへたくそなので話の進みようがなかった。

 そんな私と違って、23は絵が上手だった。図画工作の宿題を助けてもらったことも何度かあった。こんなアイデアで描いてみたらどうか。描けない人間には、まずそのアイデアが浮かばないのだ。転校していく同級生の送別会の飾り付けに、怪獣の絵をたくさん描いてもらったこともあった。宇田川くんはとても喜んでくれた。

 そんなことを思い出したから、わぎわぎともどかしそうにしている虫の胴体をおこしてやろうと思ったが、難しい。胴体の下に腕を差し入れると、けもののような声で何か言っているが、聞き取れない。

 「『2001年宇宙の旅』で、HALはどうして異常な行動をとるようになるのか?」、そんなことを急に聞かれたのかもしれなかった。78年の6月、23がその質問をさあどうだと差し向けた頃、私たちは毎週FM東京で放送されていた『2001年宇宙の旅』のラジオドラマを聞いていた。23は原作をすでに読んでいたはずだが私は未読で、テアトル東京での再上映はその秋のことだ。「船長を好きになっちゃったから?」、バカげた答えだったから、ものすごくバカにされた。そのラジオドラマでHAL9000を色っぽいタメグチで演じていたのは田島令子で、『バイオニック・ジェミー』のジェミーがボーマン船長に恋をして発狂したのだと、私は思ってしまったのだ。

 よく一緒にラジオを聞いていた。淀川長治先生や小森和子おばちゃまの映画の番組とか。網膜剥離の手術で入院した30歳の時、耳の娯楽しか享受できない私に23が持ってきた見舞いは、淀長さんの映画解説CDだった。

 いつのまにか、虫はベッドから落ち、部屋を這いはじめた。母親にこの姿を見せてはいけない。夫と正式に離縁したばかりの彼女にとって、23は今やますます王子様なのだから。

 なにをどうしたのか、わからない。

 それから数十年の時間が飛び去り、気がついた時には、23は「アメリカ在住の映画評論家」を名乗っていた。死期が近い母親が病院のベッドで、23が電話出演するラジオ番組をうれしそうに聞いていた。なにかの新作映画の解説で『未来惑星ザルドス』に急に話がとび、ラジオを聞いている人の何人がピンとくるのかと私はあきれたが、洋画劇場で放送されたのを家族で観たことは覚えている。

 『変身』の最後で、グレゴールを残して家族は電車に乗る。目的の停留場に着いて立ち上がった娘の若々しい背中に、両親は希望を見る。

 私が思い出すのは、家のすぐ近くのバス停で過ごした時間だ。小学生の頃、私は母親とケンカして家を飛び出した。何度も。そして毎回、大きなガラス屋の前にあるバス停のベンチに座る。夜のことだ。バスが来ないのはわかっている。でも、もうここには居たくないのだ。店前に並べられた大きなガラスが倒れてきそうで、怖い。暗い。でもどこかに行ってしまいたい。そこへ23が迎えにくる。何を話したのか。とにかく私は立ち上がって、家に向かった。私の背中を見ている者はいなかった。一度や二度じゃなく。
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by hiromi_machiyama | 2013-12-31 23:44 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback
『AERA』06年10月2日号掲載
「安倍首相」の時代と気分
 
  『けんか慣れしていない半べそブルドッグ』(タイトルは編集部)

     以下、本文
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by hiromi_machiyama | 2006-10-04 21:08 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback(7)
「週刊朝日」06年9月22日号掲載原稿
「週刊図書館 あの本」

    『見破られた読書グラフ』(タイトルは編集部)

      以下、本文
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by hiromi_machiyama | 2006-10-03 18:55 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback(2)
映画『華氏911』 
            …「アサ芸エンタメ!」04年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 21:06 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback
映画『恋の門』 
            …「アサ芸エンタメ!」04年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 21:01 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback
映画『血と骨』
            …「アサ芸エンタメ!」04年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 20:51 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback(2)
映画『スーパーサイズ・ミー』 
            …「アサ芸エンタメ!」04年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 20:41 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback(1)
映画『エメラルド・カウボーイ』 
             …「アサ芸エンタメ!」04年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 20:33 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback
映画『復讐者に憐れみを』 
            …「アサ芸エンタメ!」05年?月号掲載

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by hiromi_machiyama | 2006-08-16 20:20 | 雑誌原稿アーカイヴ | Trackback(1)
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