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映画レヴュー 『ドント・ウォーリー』
『and GIRL』2019年5月号



タイトルの『ドント・ウォーリー』に、
英語の原題では続きがあります。
訳すなら「大丈夫、遠くまで歩いてけやしない」。

これは、事故に遭って車椅子生活になった漫画家ジョン・キャラハンご本人が、そうタイトルをつけた回想録の映画化です。

映画の中で使われている彼の漫画でも、このセリフを、追っ手のカウボーイたちが置き去りになった車椅子を見て言います。


なんて苦い。


でも自虐におさまらない、痛快さも感じとりたくなりませんか。
「脚で」は行けないとしても、「頭で」ならば、どこへでも。

そういう意味もあるかもねという思いは、映画を観終わると、確信に変わります。
実際、キャラハンは車椅子生活になってから、新聞のひとコマ風刺漫画家としてデビューしたのですし。


演じるのは、ホアキン・フェニックス。
その暗く悲しい瞳で、キャラハンが自分を持て余している人物だと感知させます。


胸から下が麻痺の重傷を負ったのは、バカげた事故のせいでした。
ひどいアル中で、友人と泥酔して遊びまわった、その結果。


歩けないし、アル中だし。


そこから、彼は自分をどう立て直すのか。そもそも彼はどうして、酒に溺れてしまったのか。


自己否定におびえ、怒りで何重にもガードを固め、こんがらがっていたキャラハンが、すこしずつほぐれ、肩におかれた誰かの手の温かさを感じられるようになるまでを、映画は丁寧に描いていきます。


この回想録の映画化はもともと、コメディアンからスタートして人気俳優になったロビン・ウィリアムズが熱望。
キャラハンと同じ街で暮らす、友人のガス・ヴァン・サント監督に相談していました。
猛スピードで車椅子を走らせる姿を、監督が実際に近所で見かけてもいたから。


しかし、ロビンは自らこの世を去ってしまいました。


あらためてこの企画に向き合った監督は、ホアキンを主役に。
ドラッグの過剰摂取で23歳で逝去した、ホアキンの兄のリヴァーも、監督の作品に主演、友人でした。


もう会えない人たちへの思いが、かけられなかった言葉が、この映画には織り込まれているのです。


ジョナ・ヒルとジャック・ブラック、コメディアン出身の2人のキャスティングにも、ロビンの影が見えます。
ヒルが演じるのは、断酒会を主催する富豪。
世を俯瞰する不思議な佇まいに、すっかり痩せてちょっと美形になった容姿が相まって、なんとも色っぽい導師に。


彼は、12のステップを提示して、キャラハンを導きます。

例えば、何を神様だと思ったっていい、ホラー映画のキャラクターだっていい。
そう言って、神の前の自分の無力を心得ることに意味があると教えます。


すべての人に、助けが必要。
弱さを自覚して助けを求められれば、助けを得て、強くなれる。


キャラハンが、困らせ悲しませた人々に次々会いに行くステップは、どこか現実味が薄く撮られていますが、わかってくるのは、彼の悲しみの根っこは、生まれたそのことにある。

でもそれは、幼少期母親に捨てられた怒りよりも、生まれてしまった自分の存在が母を苦しめたのではないかという思い。
だから彼には、誰かに許されることが必要でした。


「許せない」は「許されたい」の後ろ姿なのかもしれません。


「ドント・ウォーリー=大丈夫」は、許しと受け入れを軽やかに表明する言葉でもあり、抱き寄せて背中をぽんぽんするときに思わず出る声でもあり。
大事な人に示したい、示されたいのは、そういう気持ちだよね、とこの映画は観客と、もう会えない人たちに伝えてきます。



追記/

キャラハンの風刺漫画家としての活躍は80年代に始まり、読者のモラルを揺さぶる狙いとはいえ、性差別的な展開をするネタも少なくなかった。この映画はその点をスルーせず、ぴしゃりと言及するシーンをつくっている。「当時のことだから」では、済まさない。

実話という過去を映画に仕立てる際に、そうした目線はとても重要だと思う。

クリント・イーストウッド監督の最近の作品をきっかけに、「実話の再現」の身勝手について考えていることもあり、この映画がそこで逃げをうたないことに感銘を受けました。


by hiromi_machiyama | 2019-05-11 17:16
映画レヴュー  『ビリーブ 未来への大逆転』

                                            『and GIRL』2019年4月号




Tシャツにもマグカップにもワークアウト本にも物真似ネタにもなっている、現代アメリカのアイコン。

それはコミックのスーパーヒーローではなく、もうすぐ86歳になる女性。


『ピリーブ 未来への大逆転』は、そんな人物の伝記映画です。


RBGとイニシャルで呼ばれることも多いその人を描いた絵本の日本版タイトルは、『大統領を動かした女性ルース・ギンズバーグ 男女差別とたたかう最高裁判事』。


女性として史上2人目の最高裁判事で、在職25年以上。

お堅い法衣に、白いレースの襟飾りをあしらうのがお決まりの、おしゃれなマダムです。


アメリカの最高裁判事は9人ですが、ルースに集まる人気と信頼は圧倒的。

昨年体調を崩した際は、その無事を祈ってクリスマスツリーにルース人形を飾るブームが起きたほどでした。


最高裁判事の任期は終身で、任命するのは大統領。

トランプ大統領のもとで3人が交代、もしルースが去ると、判事9 人の構成に思想的な偏りが強まる懸念からも、彼女の存在は「トランプ的なアメリカを望まない」「公正で平等な社会を希求する」人たちにとって、頼みの綱であり希望であり。



そんなヒーローの2030代はどんなだったのか。

ご本人の甥が脚本を書いたこの映画は、ハーバード大学法科大学院の入学式から始まります。



時は1956年。

超名門校の500人の学生のうち、女性はたったの9人。


男性エリートの育成を目指して運営され、女性は想定されていない状況。

しかもルースは、子育ての真っ最中にあって。


貧しい家庭に育ち、母親を早くに失い、必死に勉強してきた彼女は、大学で出会い、結婚。

この夫が、料理の苦手なルースをキッチンから遠ざけて得意の腕を振るい、子育てに当たり前に参加、妻の才能や活躍を素直に喜べるという、なんとも理想的なお方。


しかも演じるのは、育ちも顔立ちも整いすぎるほど整っているアーミー・ハマーゆえ出来過ぎとひがみを言いたくなりますが、こういうお相手を見つけられるのもまた、ルースの才能であり賢さなのかも。



でもどんなに優秀でも、自分のいる社会や時代を選ぶことはできません。


ルースは学内では女だからと教官たちに軽んじられ、それでも猛勉強してトップの成績で卒業したのに、就職できない。

次々に断られてしまって、目指していた弁護士になることができない。


その理由の一例が、もし女性を会社に入れて一緒にがんばると「奥さんたちが嫉妬するから」。


これ、男性の多い職場に女性が加わるときの、意外なあるあるです。

「あなたや奥さんが思うほど、あなたは男性として魅力的じゃないですけど」と言ってやりたくなる、腹の立つ言いがかり案件。


ルースはそうした自身の体験からやがて、女性そして立場や力の弱いあらゆる人が不当に扱われている現状を変えようと活動を始めていきます。



けれども、70年代の社会 はまだ、女性を差別していることにさえ気づけていません。

先の見えない闘いを、彼女はどうして続けることができたのでしょうか。



監督のミミ・レダーも女性です。

今でも女性が少ない撮影技師を志し、職人的な監督としてキャリアを積んできた60代。

ルースの苦闘に、自身の経験を重ねたに違いなく。



ルースが大切にしているのは、「疑問を持ち続ける」こと。

疑問を持てば、学びたくなる。夫からも娘からも学べる。

この映画はヒー口ーを、学び続ける人として描きます。



疑問を手放さない、そこからなら偉大な先輩を真似できるかもしれないと勇気が湧いてくるはずです。


by hiromi_machiyama | 2019-05-11 16:57
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